アマンダ・リプリーの『High Conflict よい対立 悪い対立 世界を二極化させないために』についての要約。
本書では地域コミュニティ、ギャングの抗争、内紛など複数の事例調査を元に対立の原因、回避方法について書かれている。単に事実や結果を提示する事例もありますが、本書の柱となる4つの事例については小説仕立てになっており、事例と解説を交互に挟みながら進行していく。登場人物の内面や状況などが精緻に描かれており、対立についてリアリティを持って理解することができる。対処法については決して目新しいものではないが、上記のリアルな事例をもとに読み進めることで深い理解が得られた。
比較的規模の大きい事例が取り上げられているが、ビジネスの場面でも応用できる部分多かった。自身が対立を起こさないようにするのはもちろん、それ以上にチーム/組織内の対立を回避したいマネージャー層にとって参考になる一冊。
ひと言でまとめると
対立には、「良い対立」と「不健全な対立」がある。不健全な対立は「善悪」「彼我」といった相反する関係が明確になった時に起きるものであり、敵対し感情的になる対立である。そして不健全な対立は底なし沼のように人を惹きつけ、巻き込まれ視野が狭くなって抜け出せなくなる。
このような対立を回避したり抜け出したりするには、対立を理解し、時間/距離を稼ぎ、物語の複雑さに気付く必要がある。なぜなら対立がその人のアイデンティティ、所属意識を形成しているから。
書籍のエッセンス
なぜ対立が起こるのか
良い対立、不健全な対立
良い対立
- ストレスが溜まったり激しくやりあったりすることはあっても、尊厳が損なわれることはない。(許すことでも屈することとも違う)
- 社会の在り方を変えたり変革をもたらしたりする可能性がある。
- 動きがある。質問もあれば関心も寄せられ、どこかに向かっている
不健全な対立
- 相反する関係が明確になったときに起きる対立
- 真っ当なルールはなく、両社は敵対しどんどん感情的になっていく
- 自分が有意だと思い込み相手のことがどんどんわからなくなっていく
- 相手から見当違いで穏やかならぬ言葉により怒り、恐れを感じる
- 対立そのものが目的になり、停滞しどこかに向かうことはない
社会的痛みとその反応
「社会的痛み」とは拒絶や無視など(社会的排斥)によってもたらされる苦しみの感情。(P117)
トリード大学心理学者キプリング・ウィリアムズによる実験。偽の訓練と称して被験者を集め3人を部屋に入れ、研究者は一時退室する。
3人のうち2人は覆面研究者(研究の協力者)で、研究者が戻ってくるまで時間つぶしのため、室内にあったボールを使ってキャッチボールを始める。1分ほどは被験者+覆面研究者2名の3人で楽しく過ごした後、突然何の説明もなく覆面研究者の2人だけでキャッチボールを始める。そのまま4分後研究者が戻ってくるまでこの状態が続く。
仲間外れにされた被験者ははじめは笑いながら覆面研究者の2人と目を合わせようとする。それがうまくいかないと笑うのをやめて一歩引いて黙ってしまう。
わずか4分であるが重い雰囲気に包まれ、被験者だけでなく覆面研究者も含めてつらくなる。その様子をマジックミラー越しに観察している研究者でさえいたたまれなくなる。排除はそれを目撃した人間全員に本能的ともいえる苦しみの感情を引き起こした。
受け入れてもらえると思っていたのに拒絶されると、かえって敵意に近い反応を示すことがある。
相手の関心を取り戻そうとし、相手に迎合し言われた通りにしようとする。それがうまくいかないと攻撃的になる。ただ嫌われていると思っている人よりもさらに激しい攻撃性を示すようになる。
その他
- 理解されたいという思いと同様、自分の集団にきちんと属していたいと思いを抱く。そのつながり築く手っ取り早い方法がほかの集団を犠牲にすることだ。(P136)
- 集団には本音と建前が存在し、対立が激しくなればなるほど本音ではなく建前が幅を利かせてくるようになる。(P194)
対立を乗り越えるには
対立を避けるコツ
1. 対立の火種を避けること
対立を生み出すアイデンティティから距離を置く
パレスチナにおいて、PLOは訓練された暗殺集団「黒い九月」の解散させるための方策を検討していた。
解決策は「黒い九月」のメンバーを、中東中から集めてきたパレスチナ人女性と引き合わせ付き合うように背中を押した。結婚を決めると3,000ドル、生活家電とテレビを備えたアパートを用意して、暴力と無縁の仕事を紹介した。子供が生まれたら5,000ドルを支給した。
結果、父親や夫という新たな役割を手にする過程で、かつて彼らを支配していた対立のアイデンティティは力を失った。逮捕されたり殺されたりする危険を冒したくなかった。(P278)
接触が避けられない場合は状況の微調整や呼吸法を用いる。
4つ数えながら息を吸いそのまま息を止めて4つ数える、それから4つ数えながら息を吐きだし、また息を止めて4つ数える。(P319)
2.気晴らし
対立の最中であっても何かに意図的に集中する
3.再評価
対立の状況を「バルコニー」から見ている自分を想像した。それは精神のバルコニー、感情のバルコニーであり、心穏やかに、自生しつつ大局的に状況を見ることができ、そこなら自分の関心のあることだけに意識を向け集中することができる場所である。この精神的に距離を置いた場所から自身に許された選択肢について考える。(P321)
魔法の比率
肯定的なやり取りと否定的なやり取りが、5:1以上であること。不健全な対立につながりかねない判断や解釈の間違いを犯さないように守ってくれる。(P340)
南極観測基地で一冬を過ごしたメンバーで仲間意識を形成するうえで何が有益だったのかと質問したところ、40%ものメンバーが一緒に歌を歌ったりゲームをしたりしたことが大きかったと答えている。これは酒を酌み交わすことをはるかに上回った。
NASAの宇宙飛行士志望者たちの隔離生活訓練においても、夕食をいつも一緒に食べ、運動もみんな揃ってやり、仲間外れを作らないようにした。誕生日や記念日にはケーキを焼いて飾りつけをして「クルーの結束」を強めるためにできることをミッションの一つとして日々日常的に行っていた。
退勤後も同僚に付き合ったり、同僚の誕生日をケーキでお祝いしたりするのは、職場の上司から押し付けられた気づまりで面倒な試練ではない、ということだ。穏やかな未来のための真っ当な投資であり、必ず直面する否定的な交流にうまく対処し、肯定的な交流の比率を高めるための手段だ。(P340)
問題解決の立場
問題解決を前にした人間には二つの立場がある。
一つは敵対主義(互いに相いれない利己的な利益を追求するもの)。もうひとつは本能的な連帯感(「私たち」の定義を拡大し互いを超えて対立に対処していく力)。
人類が進化してこられたのは敵対主義よりも連帯感によるところが大きい。(P51)
アクティブリスニング
アクティブリスニングとは「理解の輪(ループ)を完成させる」こと(ルーピング)。相手に見える形で聞くこと。相手に自分がしっかり聞いていると口で言うのではなく態度で示すこと。
多くの人が自分の話を聞いてもらえないと感じるのは聞き方を知らない人が多いからだ。すぐに結論に飛びつき、わかったと思い込み、相手が話し終わっていないのに先走る。
これを象徴する面白いデータがある。患者が症状を説明しだしてから、医者がその話を遮るまでの平均時間はわずか11秒。もし医者が遮らなければ患者はその6秒後には自分から話を終えていたはずだという。患者が病状を説明するのに必要な時間はそれだけ。たった17秒。ところがほとんどの患者は、それだけの時間すら与えてもらえない。(P71)
バハイ教のリーダー選出
二項対立による不健全な対立の例としてアメリカの大統領選が挙げられる(共和党 vs 民主党)。一方その対極にある選挙がバハイ教と呼ばれる宗教における9人のリーダー選出であり、不健全な対立の可能性を減らす工夫が凝らされている。(P154)
- バハイ教の選挙には派閥が存在しない。複数カテゴリーが存在することが許されない
- 立候補も選挙活動も禁止される。話し合えるのは「リーダーに最も必要とされる資質は何か」だけであり、誰がリーダーに適切なのかといった話はNG
- すべての信者がリーダーにふさわしい経験と人格を有する9人の名前を書き投票する(後述の優先順位付け投票の要素)
- 当選しても祝勝会はない、注目や権力を欲しない人を選ぼうと努めている
バハイ教の組織運営
会議にて提案したことは、発言した瞬間に会議メンバー全員のものとなり、発言者のアイデアではなくなる。その結果他の人が代替案を出したり批判したりしても、発言者はそのアイデアを守らなければという思いをさほど感じずに済む(発言者が批判されている訳ではないと感じるから)
協議を重ねて全体の意見を聞き、何らかのアイデアを深めようと決めたら、最初は反対していた人も含めて全員が誠心誠意そのアイデアをやってみる。失敗すれば全員で協議し見直す。「だから言ったでしょ」というのはNG
二項対立を避ける選択方法
人々に3つ以上の選択肢を提示する(二項対立の力を減らす)、または優先順位付け投票(1つだけでなく、2番目3番目の選択肢を投票する)などの手段がある。(P161)
二元的な思考は細部の矛盾を曖昧にするので、善と悪の間に境界線を引くことができるが、それは錯覚である。勝者と敗者、内部と外部などの構図を避ける。できる限り頻繁にいろんな人たちを混ぜ合わせる。
→本社/支社での対立を避けたいのであれば従業員を本社/支社間で定期的に移動させ、それぞれの立場の考え方に染まらないようにする
接触理論
ある条件下で一緒に時間を過ごすことがプラスに働き、人々はそれまでのカテゴリーを変えていけるようになる。(P300,306)
- 文化集団における当事者全員の条件がほぼ同じであること
- 尊敬されている何らかの権威が集まりサポートすること
- 実際に力を合わせて行動すること
- 共通の目的を目指すべく、関係者全員がその場にいたいと望むこと
相反する別のアイデンティティを確立したりすると不健全な対立から離れたがる。そんなときに接触理論がうまく機能する。ただ、接触理論はきっかけに過ぎない。真に変化するには、現在の制度から恩恵を受けている人々や組織に持続的に圧力をかけていかなければならない。
人々が不健全な対立から離れることを望まない場合もある。
「魔法の杖を一振りして、化石炭素をすっかり消し去ってくれる炭素の妖精が欲しい人は手を挙げてください」マークは大勢の聴衆に向かって聞くことがある。すると概して1%ほどの人が手を挙げるそうだ。長年の研究をもとにしたマークの見解では、原子力こそが炭素の妖精だという。原子力なら気候変動解決の一助になりうるし、安全に解決できると。だが、多くの人、特に左派の人たちはそもそもこの問題について議論したがらない。
「多くの人が気候変動を解決することだけを望んでいるわけではなさそうです。彼らが望んでいることは、気候変動を利用して自分たちが見たい世の中に変えることなんです。」(P308)
再カテゴリー化
狭いアイデンティティをより広いアイデンティティへと変えていく。視点を広げ、目の前の対立ではなく根本的な原因を突き止めていく。
より大きな規模で対立を解消する
大勢の人を対立から助け出すにはそのための道を示すこと。しかもその道は安全で合法的で簡単に見つけられるものでなければならない。(P379)
人々を不健全な対立から救い出したいなら、対立に勝るアイデンティティを裏切るようなことを求めてはならない(P382)